FXについて
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インボイスとは
インボイス(INVOICE)とは、一般的には商業送り状の事で、売買契約の条件を正当に履行した事を売主が買主にあてた、積荷の明細を示した出荷案内書の事。通関時や銀行の買取などで必要とする船積書類のひとつ。
インボイス(INVOICE)には、通常、運送貨物の明細、数量、単価、合計金額、積出地、仕向地、船舶名、船積日、荷印などが記載され、売主が署名する。
インボイス(INVOICE)は、貨物の内容及び代金請求権の根拠を示す重要なものであり、各種書類を一体化する役目を持ち、船荷書類や保険証券と並んで、重要な船積書類である。
また、輸出入申告でも、インボイス(INVOICE)は、必要とされており、日本国の関税法(第68条)、関税法施行令(第60条)では、”仕入書”と記され、必須記載事項とされている。
くりっく365の期待が何度かふくらむも、結局は自然消滅の形で活動停止となってしまう(体裁は「活動停止」だが、清春自身が「もうSADSはやらない」と発言しているので、解散とほぼ同義に捉えることが出来る)。
その原因の一つとして、13ツアー終了後、坂下らがSADSの元メンバーと新バンドの結成に加わったことが挙げられる。坂下、小林が元メンバーの牟田と友人らで「TOWER」を結成する。
(清春のソロデビュー後も小林はデビューライブ「第三の扉」に来場、坂下は清春1stアルバム「poetry」のレコーディングに顔を出している。
この件に関し、「本来僕(SADS)に対してお金を払うであろうファンに申し訳ない」と清春は語っている。つまり、SADSというブランドは清春自身に帰結するべきであるのに、元メンバーらと活動することでそのブランドが独り歩きしてしまうのは、SADSを自分で動かしてきた清春にとって到底我慢のならないことであった。
インタビューで清春は「SADSは実質僕+サポートメンバーだった。でもツアーを重ねる毎に彼らは何か勘違いしていってしまった。最後にはもうどうにもならなかった」という言葉を残している一方で、坂下は「SADSは清春君のバンド」と自身はサポートメンバーだったということを語っている。
FXな原因は、2002年に行われたロングツアーで背負った負債である。借金を含めたマネジメントの問題は全て清春自身が処理を行っていた。「責任を果たさないのに、あれこれ言う」(清春)との一言が、清春と他のメンバーとの意識の差を如実に物語っている。なお、この借金はツアー公演に関するものと思われていたが、その後の清春のインタビューによると、「ツアー中の移動は新幹線なら全部グリーン車、飛行機はビジネスクラス」といった贅沢を尽くした事も含まれていたことが判明している。
SADSの活動停止後、ZIGGYのボーカル森重樹一は「The DUST'N'BONEZ」結成のため清春に対し、「(坂下を)借りてもいい?」と連絡をし、清春もそれを快諾する。しかし、実際にドラムに脱退した満園が居ることを後から知り、坂下はThe DUST'N'BONEZに加入するとともにSADSを脱退。そして、The DUST'N'BONEZとしてのインタビューで坂下の脱退が坂下の口から正式に告げられた。発表が遅れた理由としてSADS側の方で都合のいい時期に発表すると思っていたと語っている。
このように解散の引き金は幾つかあったにせよ、清春自身はバンド結成後のファーストツアー後から一貫してSADSに対する虚無感を抱いていたことを「清春35X」をはじめとしたインタビュー内で語っている。
THE ROSE GOD GAVE MEリリース前後など一時的にはバンドが楽しく感じた時期はあったものの、バンドサウンドやメンバーの技術的な部分に恒常的なフラストレーションを抱えていた。その様子は、ツアードキュメントビデオ『Document of “Welcome to my BABYLON”tour The INTRODUCTION 2000.8.5-2001.1.1』や『131DAYS』において、公演中に清春が荒れるシーンやインタビューで確認出来る。また、2ndアルバム『BABYLON』は清春自身がSADS史上、唯一納得できる作品としてあげている。これはファーストアルバムとは対照的に、コンセプチュアルな内容に清春が徹底して突き詰めた結果だと思われる。
最終的に、2005年9月に発売されたBOXセット『リクープ』のリリースを以ってSADSとしての活動は事実上、幕を閉じることとなる。
FXではザ・ストリート・スライダーズを意識したシンプルな3ピースロックンロール系サウンド、2ndアルバム『BABYLON』ではシャッフルやジャズなどの要素も取り入れ、ディレイ等音響効果も積極的に使用し清春が元々持っている妖艶で怠惰的なイメージを強く全面に打ち出した物になり、3rdアルバム『THE ROSE GOD GAVE ME』ではグルーヴ感を重視しドラムとベースは一緒に録音し、ギターやベースのチューニングを落とし、意図的に音を割れさせ、より一層ハードでヘヴィなサウンドになっている。
このようにアルバムごとにその色を変えていく様は黒夢時代から続いている現象であった。一方、SADSになってからは社会を風刺するような歌詞はあまり書かなくなり、黒夢の後期では拒んでいた化粧や派手なファッションも取り入れるようになった。さらに後期黒夢で散々拒んでいたテレビ出演もSADSになってからは何度かしている。ちなみに清春がタトゥーを入れ始めたのもこの頃である。
1988年、ファミリーコンピュータ用ソフトとして第1作が発売。家庭用ゲーム機としては初となる「リアルタイムシミュレーションRPG」とされている。本作発売以前のシミュレーションゲームはコマとなる1キャラクターの能力を示すステータスの表記が多く、それによりシステムが複雑なものとしていたが、本シリーズではそういったものを極力排除し、視覚的にわかりやすく、感覚的に遊べるゲームに仕上げられた。攻略した城の収入を元手に領土を拡大するシステムではあるが、内政に注意を払う必要は少なく、最新作の4においては全く無くなっている。基本的なシステムは最新作でもほとんど変化していないが、より戦闘に特化した内容となっている。
物語はゲームとしては非常に異色なもので、登場人物は舞台の上で芝居を演じるという形をとっている。全編がコメディタッチで描かれ、ギャグやパロディが随所にちりばめられている。
第1作では収入と支出のバランスがシビアな上、戦闘の難易度も高く、コミカルな外見によらず戦略性が要求された。また、特定のラストボスが存在せず、複数の敵勢力が登場し、大陸の統一がクリア条件という、シミュレーションゲーム色の強い内容だった。また、2作目以降と異なりストーリーラインが定まっておらず、攻略するマップも選択制となっている。第2作目からは難易度が下がり、ギャグ・パロディを前面に押し出すようになる。ラストボスが設定されたのも第2作からで、ゲームのベースとなるストーリーが設けられた。
第2作発売より10年の時を置いて発売された第3作目の『半熟英雄対3D』では、開発陣内で「半熟ならどんなネタを盛り込んでも成立する」という空気が漂っていたため、ギャグ・パロディ・世情風刺が非常に濃厚な作品となっている。話題となったスクウェア・エニックス合併劇最中の開発であることを、セルフギャグとして用いた演出も随所に仕込まれている。第4作目『半熟英雄4 ?7人の半熟英雄?』では、合併後の同社の代表作品『ドラゴンクエストシリーズ』の「ロトの勇者」の格好をするキャラクターまで登場した。
1つの章につき、フィールドマップが一面ずつ用意されている。マップ上に複数の城があり、アルマムーンを拠点として将軍を派遣して全ての城を占領し、その後に新たに現れる敵拠点に陣取るボスを倒せばその章のクリアとなる。
各章の初めと終わりに発生する、ストーリーに関わるイベントと、月イチコマンド(後述)などで発生することのあるランダムイベントに大別される。
大きく分けて「戦闘パート」と「内政パート」がある。戦闘パートでは、フィールド画面を表示している間はゲーム上でも時間が経過する。
ゲーム上で1か月経過すると、内政パートになり月イチコマンド(4では「月刊半熟英雄」)と呼ばれる画面に切り替わる。イベントが発生することもある。全てのイベントの終了後に編成画面に切り替わり、この画面で将軍の登用や兵士の募集、城の築城による増強などができる。第1作ではコマンドによる将軍募集ができず、イベント発生を期待するしかなかった。「切り札」も作品により買えるものと買えないものがあるが、代わりに自分で開発することができる場合もある。編成画面を終了したら、再度フィールド画面に切り替わる(戦闘パートに戻る)。ただし内政ができると言っても基本的に戦闘の補助が多く、戦闘に特化したコマンド構成となっている。最新作の4では築城ができなくなり、内政の要素はさらに少なくなった。